連載『少年野球のコンディショニング』 バックナンバー
第12回 「コーチングのい・ろ・は」
 連載最終回は"コーチングの基本"についてですが、これは私がこれまで見てきた現場で、良い指導者と悪い指導者の違いをまとめたものです。もちろん、良い指導者だからチームが強い、悪い指導者だからチームが弱いということではありませんので、くれぐれも誤解のなきよう。この分野を学術的に研究されている方から見れば、ナンセンスな点も多々あるかとは思いますが、すべて事実を基にしていますので、参考になさってみて下さい。

■コーチングの8ヶ条
 前回、選手のメンタリティを左右するものは、"環境(外的因子)"と"意識(内的因子)"だというお話をしました。そして、年齢が低ければ低いほど、環境に影響されやすく、意識すら変わってしまうことが多くなります。つまり、好きで始めたはずの野球がつまらないと感じたり、やる気が出なかったり、しまいには辞めてしまったり、チームの環境が選手の気持ちを変えてしまうということです。無論、一言で環境と言っても要素はいろいろですが、選手のモチベーション(動機付け)に大きく影響するのは、指導者が作り出す環境と、選手同士が作り出す環境の2つだと考えます。特に後者の扱いは難しく、端的に言えば、いじめの問題や上下関係(先輩後輩)の問題などを指します。でも、最終的にはその辺をどこまで指導者が把握しているのかというところに行き着くので、選手同士が作り出す環境も、指導者が作り出す環境に含まれる場合があるのかもしれませんね。そう考えるとやはり、指導者の負うべきところは範囲が広く、その能力によってチームの優劣が分かれてしまうのでしょう。

 総じてそれを"コーチング"と呼び、最近ではテクニックの一つとして扱うことが非常に多くなってきました。以下に掲げる8ヶ条は、事実を元にした指導者としての基本スタンスですが、意外とできていないことが多いのです。子供たちは子供たちなりに、小さな瞳で大人たちの行動を見つめていますよ。

 @より具体的なプランを持ち、それを選手に理解させ、意欲を引き出すこと
 A選手時代のことは口にしないこと(「俺が選手の頃はなぁ…」は禁句)
 B選手とコミュニケーションをよくとり、聞き役に徹すること
 C叱るよりまずほめること(選手の長所を探す努力)
 D指導者としての勉強を惜しまないこと(経験だけに頼らない)
 E選手の性格を知り、その性格に合わせた指導法を考えること
 F言動の不一致をなくし、考え方や情緒に一貫性を持たせること
 G選手なくしてチームは成り立たないということを常に頭に入れておくこと


 いかがでしょうか?もちろん少年野球の指導者には当てはまりにくいものもありますし、このほかにも大事な要素は挙げられますが、上記と逆の点が5個以上思い当たる人は要注意です。
 つまり、@は大会で優勝することしか目標に掲げない人。これなら誰にでもできます。常に110%の目標設定が重要です。
 Aは高校以上で多いパターン。選手が最も嫌います。「あ〜ぁ、また始まったよ」と、ただ聞き流すだけです。
 Bも少年野球では難しいかもしれませんが、いかにして選手にたくさん話をさせるかが重要なポイントです。「はい」か「いいえ」でしか答えられない"閉じた問いかけ"ではなく、より具体的に話を引き出す"開いた問いかけ"が必要となります。一方的に話をしても、低学年の子供は3〜5分が限度です。
 Cはとても重要です。あの野村監督(東北楽天)でさえ、最近はほめることの大切さを説いています。叱られることで反骨心をむき出しにし、それで伸びる選手が少なくなっているという背景もあるのですが…。
 Dは高いレベルでの選手経験が豊富な人ほど多いケース。「なんでこんなことができないんだ!?」「俺はこうやってうまくなったのだから、おまえもそうしろ!」という押し売り型が典型です。Aと関連します。"名選手に名監督なし"というジンクスは、この辺からも来ています。選手時代の名声で人が付いてくるのは、プロの世界だけです。
 Eはとても骨の折れる作業ですが、これをやらなければ当然向き不向きが出てきます。叱って伸びる子、ほめて伸びる子、理詰めで伸びる子、イメージ(喩え)で伸びる子、いろいろです。Cと関連します。
 Fも端から見ていると多いパターンです。岡目八目(おかめはちもく)という言葉もあるように、本人は気づいていないことがほとんどですが、それを周りが指摘できないケースが多いですね。前に言っていたことと話がコロコロ変わる、機嫌が悪いと口も利かない、八方美人などなど。
 Gは自分がチームを作った、自分がチームを動かしているという自負が、ついつい選手は二の次という考え方にさせてしまうのでしょうが、野球は少なくとも9人の選手がいなければ試合をすることができません。"チームあっての個"という考え方も大事ですが、"個あってのチーム"であるということも忘れてはなりません。

山本五十六(いそろく)の教え
 戦後60年が過ぎ、この名前を知らない人も増えていることでしょう。彼は、時の日本海軍連合艦隊司令長官であり、かの真珠湾攻撃計画を立案し、作戦を実行。見事成功を収めた、当時の国民的英雄です。戦争での功績は別として、ここで紹介したいのは彼が残したとされる次の言葉です。

 「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ」
 →正確には「やって見せて、言って聞かせて、やらせて見て、ほめてやらねば、人は動かず」

 言って聞かせて、させてみて、は誰にでもできることですが、やってみせて、ほめてあげることはなかなかできません。ついつい口だけが動いて、できないとブツブツ文句を言う、怒鳴る…。これではまともな指導とは呼びませんね。ぜひともコーチングの指針の一つに掲げたい名言です。

■勝利至上主義は罪か?
 これはよく取り沙汰される問題ですが、勝負事ゆえ完全否定はできません。しかし、勝つことの目的が指導者の私利私欲のためなら、決して正しいこととは言えないでしょう。勝利は選手たちのためにあり、勝つための苦しみや勝ったときの喜び、負けたときの悔しさを選手全員で分かち合うことこそ、野球に限らずスポーツ共通の醍醐味だと考えます。勝つことによって、選手がいろいろな面で成長しなければまったく意味がありません。前回も書きましたが、"立派な人間になるため"の一手段として、スポーツは存在するのです。強ければそれでよいのか?勝つためには何をやってもよいのか?指導者の体罰や選手の暴行事件が報道されるたびに、とても悲しい気持ちになります。勝利至上主義は、その目的によって、良くもなり悪くもなるのです。

■100%平等は無理?
 この問題も非常にデリケートです。野球が勝負事である以上、勝って強くなることが共通の目標であることは前段でも触れた通りです。当然、ベンチ登録できる選手の数に限りがある以上、試合に出られる選手と出られない選手に分けられ、部員数が多くなるほど後者が増えます。指導者としては、できるだけ平等にすべての選手を試合に出してあげたいと思うのが人情ですが、現実問題としてそれは不可能です。レギュラーメンバーとの実力差を思い知って、辞めたいと言い出す選手も出て来るでしょうし、当落線上すれすれにいる選手は繰り返し辛酸をなめることになるでしょうし、大事な試合になればなるほど、指導者は苦渋の選択を強いられることになります。重要なのはそのあとのフォローです。練習をまじめにやらない選手や、実力差がはっきりしている選手は致し方ありませんが、もうあと一歩の選手にはできる範囲内でメンバーから外れた理由を客観的に説明してあげましょう。100%納得させることは難しくても、それをやるのとやらないのでは大きな違いです。冷徹さと優しさがバランスよく同居していることが、良い指導者の条件でもあるのです。

■根性論、大いに結構
 スポーツに医科学的なことがあれこれ導入されるようになり、いにしえの根性論はますます肩身の狭いところに追いやられつつあります。よく、質より量とか、量より質とかいう比較をしますが、質の高い練習をたくさんおこなえるのなら、それに越したことはないはずです。根性論をただやみくもに否定してしまったら、大半の選手は間違いなく練習をしなくなります(特に日本人は)。そうなれば当然、競技力も落ちるに決まっています。天才と呼ばれている超一流選手は、人一倍血のにじむような努力をしたからこそそう呼ばれるに至ったわけで、生まれ持ったセンスだけではたかが知れています。要は、半ば体罰のような無茶苦茶な練習はいけないということです。故障者を罪人扱いするのもどうかと思います。指導者の方には、その辺を履き違えないで頂きたいのです。目的が明確で、理に叶った方法論であれば、どんどんやらせるべきではないでしょうか。そして、意識から無意識へ。からだに覚え込ませるためには、まず頭で理解し、何回も何回も反復練習をしなければダメなのです。もちろんそれは、選手の体力や技能に応じて加減しなければなりません。「これだけ良い練習をたくさんしたのだから…」という自信が、選手のメンタリティを向上させます。"火事場の馬鹿力"は、根性がなければ出ないのですから。

■おススメの読み物
 最後に、コーチングに関するお薦めの読み物を御紹介します。ぜひ御一読下さい。

 ●『スポーツは「良い子」を育てるか』 永井 洋一・著(NHK出版生活人新書)
 ●『知的コーチングのすすめ』 河野 一郎・監修,勝田 隆・著(大修館書店)
 ●『野村ノート』 野村 克也・著(小学館)
 ●『マツイとトーリ』 (拙コラム)

 以上、コーチングのい・ろ・は、御理解頂けましたでしょうか?今回も最後までお読み頂き、ありがとうございました。


連載後記 「ストリート・ベースボールのススメ」
 私が野球を始めた昭和40年代の終わりの頃は、今のような少年野球チームはほとんどなく(リトルリーグはありましたが)、放課後、級友たちと路地裏や団地の裏庭などでおこなった"ストリート・ベースボール"で野球を覚えました。手打ち野球に、ラケット野球、もちろん軟らかいゴムボールを使っての素手の野球です。グローブをはめておこなう、ややまともな野球(軟式)は、たまの日曜日にクラス対抗(当時は1学年4クラス)で試合をする程度。場所も公園の広場とはいえ至るところデコボコで、ちょっと大きめの石ころや板切れをベースの代わりにしていました。今のようにサッカーやテニスなど、野球以外のスポーツをする小学生はあまりおらず、日常の遊びの中で野球をするのがごくごく当たり前の習慣でした。無論、誰かに教えてもらう野球ではなく、見よう見まねの自己流野球。それでも、みんなそれなりに上手で、少なくとも今の子供たちより平均レベルは上でした。

 ストリート・ベースボールは、場所が当然の如く限られているため、決まった方向にしか打てないとか、フライは打っちゃダメとか、今思えば笑ってしまうくらい制約だらけでした。そんな中でも、私が特に役に立ったと思うのは、ラケット野球と路地裏野球ですね。ラケットでボールを遠くへ飛ばすには、ラケットのど真ん中に当てることと、ラケット面の角度を微調整することが必要で、うまく面を作らないと思ったようにボールを打つことができません。プロ野球の解説で、たまに「バットで面を作る」という表現をしますが、ラケット野球をやったおかげでそれがよくイメージできます。それと、路地裏野球では、道幅が3〜4mしかないため、まっすぐ打ち返さないとすぐ民家に入ってしまいます。しかもこちらはラケットではなく、普通のバットです。道の左側は近所でも有名な頑固じじいの家、右側はガラス窓のたくさんあるお金持ちの大きな家。どちらもボールが入ってしまったら大変です。いつもそんなところでボールを打っていたので、バットコントロールがうまくなりましたね。守備に関しても、素手でやることが多かったため、手のひらでボールを取る感覚を学べましたし、イレギュラーバウンドするのが当たり前の場所ゆえ、自然と球際にも強くなりました。

 それに比べれば、今の子供たちは恵まれていますよね。チームに入りさえすれば、ちゃんと教えてくれる人がいて、低学年から始めた子供はとても上手になります。私もこれまでに野球塾で何人かの小学生と接しましたが、どのお子さんも投げる打つの基本形ができています。ただ、何かこう、型にはまりすぎているというか、個性がないというか、それは見ていて強く感じますね。教えてもらわないとできない・やらない、応用が利かない、そんな脆さを感じるのは私だけでしょうか?

 よく、アメリカメジャーリーグの選手は投げ方や打ち方が個性的だと言われますが、特にそれが顕著なのはドミニカ共和国を始めとする中米出身の選手です。周知の通り、中米の国は日本のように恵まれておらず、子供たちは木の枝や手製のボールを使ったストリート・ベースボールで育ちます。だからというわけではないのですが、個人技の幅をもっと広げるためにも、ぜひストリート・ベースボールをお薦めしたいのです。30年前とは住宅事情も交通事情も異なりますので、私が子供の頃と同じようなやり方はなかなかできないでしょうが、チーム練習の中に手打ち野球やラケット野球を入れるとか、それをチームメイト何人かで遊びでやってみるとか、いくつか方法はあると思うのです。週末以外は野球をやらず、あとは塾と習い事に追われるというお子さんもいるかもしれませんが、それでは体も強くなりません。勉強はもちろん大切ですけれど、中学、高校と長く野球を続けたいのなら、できる範囲内でかまいませんので外で遊ばせるようにしましょう。子供の頃に自らが体で覚えたことは一生忘れません。型にはめた野球は、選手の自主性や独創性の芽を摘んでしまいます。指導者の方には、目先の勝利だけでなく、もっと長い目で選手の将来を案じて頂きたいと思います。

☆野球以外のスポーツ・遊びで野球がうまくなる方法
 めんこ打ち、相撲(四股踏みや鉄砲)、ローラースケート・アイススケート、スキー、テニス、バドミントン、など